夏の次は夏
その日の仙台は朝からどうも薄暗く、その割にやたらと蒸し暑くて、昼過ぎからは雨と言う予報で全体的に気を削がれる様子だった。
進退を迷ううち、昼近くなると幾らか明るくなって来たので出掛ける事に。
どの道路もお盆で混んでいたが、11時頃には現地に到着しポイントへ。
例年よりずっと遅れて鳴き出したミンミンゼミの声を聞きながら細い木を見て廻ると、これも出の遅いカナブンたちがあちこちの枝で団子になっている。
8月に入って爆発的に増えたカブトムシは、ここ数日で発生量も落ち着いてメスの割合が増したようだ。
いかにもクワガタが寄りそうな目立った木を中心に嗅ぎ回るが、ノコもミヤマも沢山いる割にサイズは伸びず、他に面白い虫が見付かるわけでもない。
新しいポイントを拓くのに鉈を振るって右腕はダルいし、林縁の草間ではアシナガバチの巣を揺らして右腕と右頬を刺されてビリビリと痛む。
もう早めに引き揚げて冷製パスタを2人前啜って、サーティーワンでアイスクリームを2段重ねて…
などと半白の目で夢想しながら戻り掛ける途中、カミキリムシが脱孔時に出した屑が多量に出ている木が目に付き、高い枝を見上げると上向きにとまるクワガタの姿があった。
脚と尻の先しか見えず、大したサイズとも思わなかったが、一応種類だけでも確認しようと思ったのと、こいつの顔を見たら何となく一区切り付いて帰れそうな気がして、木を蹴って落としてみる事に。
そう太い木でもなかったので、幹を蹴ると高い枝はずいぶん大きく揺れるが、そのクワガタは落ちず少し動いただけ。
ここで赤みがかった背中が見え、ノコギリクワガタだという事はわかった。
枝にとまっているクワガタが、見えているのに幹を蹴っても落ちてこない という事はたまにあり、こうなると意地でも落としてやりたくなる。
前のめりに体重を掛け、ブーツの踵で立て続けに幹を蹴ると、最初は動かなかったそのノコギリクワガタがちょっと上下する様子を見せ、それから枝上を反転して木を降りてきた。
他の枝に移ってしまうかとも思ったが、そのまま幹を降りてくる。
これならただ待っていれば良かろうと眺めていたが、どうもそいつの歩き方が堂々としすぎているような気がした。
普通クワガタが何かに驚いた際の態度は、枝から離れてポロッと落下するか、慌てて木を走り降りて根元に潜り込もうとするか。
それがこの個体は左右を確かめながら悠然と幹を歩き、騒がしさの原因を潰してやろう という様子。
大きな幹の分岐で動きを止めた時に、ようやくこれがかなり大きな個体だという事がわかった。
今期これまで見てきた大型個体と較べても、大腮や
頭胸部の逞しさが違う。 前述の通り、これは私が木を揺らして幹を降りてきた所なので 「 生態写真 」 にはならないのだが、一応まだ手を触れていない段階でのカットだ。
普通のノコギリクワガタは、捕まえた後に逃がしてやろうと木の幹にとまらせてやろうとしても、慌てているのかポロポロと落ちてしまったりするものだが、この個体は六脚の爪を樹皮に打ち込んで離れようとしない。
魚眼レンズで寄ろうとするとカメラに対して素早く向き直り、上下から猛然と攻撃を仕掛けてくる。
69~70mmクラスは数頭しか見た事が無いが、よく言う 「 勝ち癖 」 のようなものとは別に、特別大きな個体は気性のベースが荒っぽく生まれ付いているのではないだろうか というのが、宮城県で野外の実物を見てきた上での感想。
広い体幅を真上から と思って背中に寄ると、左上翅の小楯板に近い位置に破損が見え、そこから体側に向かって二つほど小傷が並んでいる。
恐らく同等以上に大きなクワガタに横から挟まれた際の傷で、最大内歯が小盾板付近に食い込み、その脇に小歯が擦った後が並んだのだろう。
昨年の同時期には、一本のヤナギから69mm、70mmと相次いで大物が落ちて来た事があった。
この傷を穿った相手は絶対近くにいる! と考えた私は周囲の木を片っ端から調べて廻り、勢い余って近隣のポイントをも踏査し尽くしたが、残念ながら目立って大きな個体はこれ一頭のみだった。
とりあえずサイズを計測。
昨年の特大個体にまでは及ばず といった所だろうか。
昨夏は後半に大当たりが続いて価値基準が狂わされたものだが、大型個体の比率が高い場所を選んで数百頭を見てもこのサイズは稀だ。
特大個体が記録されず淋しかった今期の宮城県から、この個体を見出せたのは非常に嬉しい。
標本としてサイズが確定したら、当誌上や 近所の方々には秋の集まり等で直接にでもお目に掛けたいと考えている。
藤次郎さんの持ち場ではミヤマクワガタが増え、またサイズも伸びている。
夏の巡りの遅い今年は、二次発生にも長く期待できそうだ。
2012年 8月12日 宮城県。