勾配の果て

勾配の果て
2011/8/19(金) 午前 6:09
 
  
 もう少し休むつもりでいた所なのだが、更新せざる得ない用事が出来たのでそうするより他はない。
 
 
 
 
 8月7日。
 以前から大きなノコギリクワガタミヤマクワガタが採れている場所へ。
 いつも最初に見る木には沢山のカブトムシがついていたが、落ちてくる虫を漏れなく確かめようと優しく揺らして2、3頭ずつチェックしていくと、最後に大小2頭のノコが落ちて来た。
 小は45mmほどの両歯型だが、大は特大。
 
 私が宮城県内で採ったノコギリクワガタとしては最大で、
 内歯まで丸く太った奇妙なアゴの69mm 。
 
 目を付けていたポイントで ついに来るべきものが来たか、と興奮して樹間を走り回り、全身蜘蛛の巣だらけとなってしまった。
 

 
 
 
 
 
 
 そして8月14日。
 32~33℃という単純な最高気温の数字だけでは測れない、得体の知れない暑さが襲った日だった。
 
 炎天下、他の場所でウバタマムシミヤマクワガタなどを見て、前の週に69mmのノコを採った場所に着く頃には手足に力が入らなくなってしまっていた。
 熱中症の先触れのような感じだったが、一週間前の事もある。
 ここを見ずして引き返したのでは後悔するだろうという確信があったし、倒れてしまえばどうせ死体になるのであり、死体に後悔は出来ようも無い。
 脚を引きながらヤナギの林へ辿り着く。
 
 また「最初の木」を少しずつ揺らすとドサドサ落ちてくるのはカブトムシ。
 高い位置からはコムラサキが散り散りに飛び、やや遅れてカナブンやハナムグリが羽音を残して飛び去る。
 クワガタは小さなノコギリやコクワガタくらいのものだった。
 
 それでは、と「二番目の木」に移動。
 御神木と言うには若いが、昨年は大きなミヤマクワガタ、今年も良型のノコなど大物を寄せてくれて、行く度にチェックのし甲斐がある木だ。
 形の変わった株で、地表からすぐ三方に幹が分かれている。
 
 まず三叉の左の幹を揺らすと小さなミヤマクワガタが落下。
 真ん中はやや奥まっているので脚を伸ばして蹴ってみるが何も落ちず。
 そして気合を入れて右の幹を蹴飛ばすと、カブトムシが落ちてきたがこれも小さい。
 小型も標本に と思い、三叉の右と真ん中の幹の間を通り抜けて拾おうとすると、背負っていたカメラバッグが右の幹に触ってガリガリと擦れた。
 その振動が幹に伝わってか、バサッと大きな落下音。
 
 
 
イメージ 1

 
 拾い上げてみると大きなノコギリクワガタ
 一目でデカいとわかった。
 前の週に採れた69mmと比べてもまだ大きいような印象で、特に頭部が張っている。
 
 仙台辺りで採れたノコギリクワガタとしては、最大の部類である事は間違いないだろう。
 これまでどれだけ頑張っても採れなかったようなサイズが、六日間を挟んで二頭も採れて良いものか。
 当たり年は嬉しいが、当たり過ぎても何だか怖い。
 
 よくよく考えてみると 本当に恐ろしいのは一蹴り目で落下してこなかった事で、偶然一緒にいた小さなカブトムシが落ちなければ、そのまま気付かずにトロフィーサイズを棒に振っていた所である…。
 
 渾身の蹴りで落ちないのに、たかだかカバンが擦れたくらいの振動で落ちてくるのだからクワガタムシの感じ方というのも不思議なもので、もう少し木の揺らし方も考えてみた方が良いのかも知れない。
 
 そう思いながら、大きなノコギリクワガタが落ちて来た幹から私の顔の高さほどに突き出た枝を拳でノックするようにして小刻みに揺すってみた。
 
 その次の瞬間である。
 樹上からパラッという微音。
 それに続く 「バキッ!!」 という これまで耳に覚えの無い落下音に振り向くと、大きな虫が仰向けになって、脚を目茶目茶に振り回しているのが見えた。
 
 私は本当に驚いた。
 
 
 
 
イメージ 2

 
 先程のより一回り以上も太った巨大な個体だ。
 
 よく見ると近くに60mm程度のノコがもう一頭落ちていたが、この際構っていられない。
 土中へ潜るに任せ、馬鹿でかい方を急いで拾い上げた。
 
 
 
 大きなクワガタが採れた時、無意識的にそれまで見てきた同種の個体がズラッと脳裏に並ぶ。 
 そして眼前の個体が自己ギネスならば、並びの延長上へその個体が収まり、自分の中での大型の基準が幾らか書き換えられる事になる。
 この感覚が今回のノコギリクワガタでは少し違っていた。
 オーバーサイズが飛び抜けるパワーによって、地元で見てきた体長変異の延長線が切断されてしまい、全くの別物にしか見えない。
 
 しかも三十秒ほど前に記録破りのノコギリクワガタを見て死ぬほど驚いた所へ、同じ木から続けて記録破り破りが転げ落ちて来たのだから、私はやや気が遠くなった。
 夢でもここまで出来すぎた話にはなった事はない。
 
 一人で入った林で、その場には他に誰もいないのだが、
 「 これはマズいだろう… 何だこれは…! 」
 といった大して意味を持たないうわ言のような呟きが、口を突いて勝手に飛び出すのを止められなかった。
 
 
 
 
イメージ 3

 
 前の週の大きな個体も この個体の直前に採れたものも、木を揺らして落としたために写真になっていないのだけが残念で、普段やらない事だが最大のこの個体だけは拾い上げてから木にとまらせて撮っておき、気分を出してみた。
 とまらせたのは三叉の左側、いつもはよくカナブンがついている所だ。
 
 この日この木についていたカブトムシは最初に落ちて来た小さな個体(メスだった)のみで、晩夏に差し掛かりカブトムシの数が減ったのもノコギリクワガタの発見に幸いしたかも知れない。
 
 この後で同じポイントの残りの木を見た所、35mmほどの小さなオスのカブトムシが樹液に来ていた。
 それを見て改めて思ったが、最初のカブトムシを拾おうと思わなければ そもそも小さなカブトムシの標本を揃えようと思っていなかったら、二頭の大ノコどちらも見ずに帰っていただろう。
 またヤナギの幹にカバンを擦った事で一頭目が落ちたからこそ、いつもと揺らし方を変え、拳で小刻みに枝をノックしてみようと思ったのだ。
 他に運命がどう転んでも、二頭目の大物には出会わないまま夏を見送っていた事は確実だと気付き、猛暑の中その時だけ背筋が冷たくなるのを感じた。
 
 暑さでなのか興奮でなのか、帰りの脚はやはり縺れ気味で上り坂はまっすぐ歩けなかったが、大物に当たればどれだけ草臥れても構わないと思った。
 
 
 
 
イメージ 4

  
 ノコギリクワガタの小種名は inclinatus で、この場合オスのアゴの傾斜した形を意味している。
 英語で言えば cline で、これを広く捉えるなら 高きより低きへ、大から小へといった 段差の無い連続的な勾配の事。
 よく言う 地理的クライン とは別だが、今回はまさに inclinatus の果てを見た思いだ。
 
 たかが虫一匹に大袈裟な事とお思いだろうけれど、私にとっては無限の価値を含んだ一匹である。
 
 
 
 
イメージ 5

 
 最後に、話に上がった個体をざっと並べておこう。
 いずれも同ポイントで採れたもの。
 
 左端は比較用で並の大歯、62mmほど。
 
 左から二番目が8月7日に採れた個体で69mm。
 この場所の大型個体としては珍しくアゴが長めだが、九州などの長さとはやはりムードが違う。
 体幅はそれなりだが、アゴが先細りせずに先端まで丸々としている。
 最大内歯が先端で、もう一度膨らんでいるのが見えるだろうか。
 
 その次が8月14日に採れた一頭目で、68.5mmほど。
 胸部の前半から頭部に掛けて急に幅広くなり、強壮なイメージ。
 まだ生かしてあるので、きちんと頭を上げて測ればもう少し大きな数字になりそうだ。
 
 右端が私を酔わせた尤物。
 九州産のアゴの長い73mmと較べてみたが、この個体の方が遥かに大きな体をしていた。
 頭楯が幅広く、頭部側縁の突起は前方に向けてやや尖る。
 またアゴから頭部に掛けてザラザラとした質感で、艶消し状に見える。
 現状で70mmピッタリはあるが、標本になると少し縮むかも知れないし、アゴを起こせばその分サイズが出るかも知れない。
 
  
 これまで宮城県内で採った大きなクワガタだと、コクワガタで51.5mm、スジクワガタで35mm(左前肢欠け)、ヒメオオとアカアシ(左上翅傷)はいずれも55mm、ノコは今回で70mmと、一応の大台には乗った。
 ミヤマは2007年の74mmが精一杯で、宮城県から75mmなど考えたくないが、まあ仙台にいる限りはこれが最後の目標という事になりそうだ。
 何年掛かるかも、またそれまでクワガタの居場所が残っているかどうかも確かではないが。
 
 
 
 
                                       2011年 8月7日 14日の採集個体から。 
 
 
 
 
 旧ブログより↓ 
 
嬉しさや驚きが伝わってきます。^^
凄い固体ばかりですね☆
クワガタパラダイスを僕も見つけたい・・というか創りたいですわ。^^
2011/8/19(金) 午前 6:27[ しんさん ]
 
 
おめでとうございます。
つにナナマルですか?
きっとご褒美だったんじゃないですかね。
2011/8/19(金) 午前 6:40 ひさ@くわがた
 
 
70mmは凄いです。
今年はノコ枯れませんね。
自分ももう少し通ってみます。
2011/8/19(金) 午後 0:19 ひろっけ
 
 
凄いね~!!、そしておめでとうさん!!
そして、補足の記事も読みましたが、
この世界も、何かうっとおしいですね。(大ポチ)
2011/8/19(金) 午後 5:52 東北の温泉バカ
 
 
デカ!大台ってこと以外にも太さが^^;
最後の画像で左2番目はノコらしさがあって見ていて気持ち良いですが、
最右個体は妙な感覚を抱きますねぇ…。
2011/8/19(金) 午後 8:39 gibachinamazu
 
 
はじめまして。ひさ@くわがたさんのブログリンクから来ました
素晴らしいノコギリクワガタですね!
私も宮城で採集していますが70mm超なんて化け物は見たことも聞いたこともありません
この顎で70mmを超えているんだから実物は相当凄い迫力なんでしょうね
採集に至るプロセスの描写も読み応えがありました
2011/8/19(金) 午後 9:55[ p$94 ]
 
 
はじめまして。いつも愛読しています。更新されていたのでとても嬉しいです。私も今年は大ノコを見つけました。水牛型のノコをみると,あごの太いつるつるした部分に指を入れて,わざと挟まれたい気持になります。これからも愛情が伝わる記事,とっても楽しみにしています。息子と一緒に応援しています。
初めてブログに投稿しました。
2011/8/19(金) 午後 10:33[ のぶちろくん ]
 
 
正直・・・・驚愕です。
奄美ノコギリや伊豆産とは違う魅力がありますね・・・
県外の本土ノコギリを飼育してみたくなりました。
さらに型が良いですね~♪
アゴずれもなく湾曲といい・・・とくに横幅が凄い!!
これが野外品と言うのが凄いです!!
いや・・ブリードでは出せないですね・・・こんなに太いのは・・(笑)
2011/8/20(土) 午前 8:24[ ひろ1号 ]
 
 
福島のカシオペアです。
息を飲む思いで拝読しました。
小型のカブトしかいない木から立て続けに大型ノコギリ、虫の集まり方には不思議で、神秘的なものを感じざるを得ません。
私も昨年ミヤマの73mmと72mmが同じ木から一気に落ちてきたことを思い出しました。
「拳でノック」参考にさせていただきます。
2011/8/21(日) 午後 7:02[ カシオペア ]