赤い曲刀

 
 涼しくなり、セミの声も消えた。
 ところが高い山では、もう何もいないように見えるヤナギなどの枝先へやたらに長い竿の虫捕り網を伸べ、口を半開きにし上を向いて徘徊している人がある。
 あぶない。
 
 夏休みならカブトやクワガタだろうが、九・十月になって何の虫が木にすがろうか。
 炎天下に大物を求めて力尽きた虫採り親父の亡霊が、夏過ぎるとも潰えぬ妄執のまま、斜面へ林道へ迷って出たか。
 
 「成仏」 と唱えたいところだが、彼らはまだ生きた人間なのである。
 
 それでは何をしていると言うに、やはりムシを探している。
 何もいないように見えた高い枝先に目を凝らすと、明るい空を背景に黒い影が。
 秋にもまだクワガタムシがいるのだ。
 
 
 
 
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 暑い夏を精一杯生きた他のクワガタムシが軒並み姿を消す一方、冷涼な気候を好むヒメオオクワガタやアカアシクワガタは9月頃から活動が盛んになり、個体数も増す。
 
 夏まで平地で汗だくになって追い掛けていたものとはまた違う種類を、高地で涼しい秋風に吹かれながら優雅に探して歩けるというのは喜ばしい。
 それで休日ごとに山へ出掛け、矮道に分け入る人が多くなる。
 
  
 
 ところで、秋のクワガタとして 【ヒメオオ・アカアシ】 などと一緒くたにされる事が多い両種だが、分布域や旬には幾らか違いがある。
 ちょっと高い所ならどこでも見られ、夏から沢山出ているアカアシクワガタに対し、ヒメオオクワガタはブナの多い高標高地に棲息し、増えるのは涼しくなってから。
 
 どうも 「 秋のクワガタ 」 という一種意外で神秘的な語感にはヒメオオクワガタがより相応しく、アカアシクワガタはなんとなくその 「 ついで 」 に採れる虫   という具合に、皆の無意識下において位置付けされているような気がする。
 確かに、この時期 「 ヒメオオ採りに行くぞ!」 という声はよく聞くが、「 秋はアカアシだ!」 という人はあまり見ないのである。
 
 私も最近はヒメオオ一辺倒。
 今回はアカアシクワガタにスポットを当てようと思う。
 
 
 
 
 
 
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 これは昨年のアカアシクワガタ。
 Sugawaraさんという凄腕と少し前にここで出くわし、「 この辺り齧ってるよね 」 と頷き合った木を後から見たら、まさにその場所についていたもの。
 胸の高さほどの小さな木だったが、成長の早いヤナギのこと、今年はもう少し伸びているかもしれない。
 
 サイズは50mmほどで、アゴが伸びきるにはまだサイズが足りないが、これくらい大きなものが見られると嬉しい。
 
 
 
 
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 「アカアシ」 と称するだけあり、裏返して腹面や腿節を見ると鮮やかな赤色をしているが、たまに背面を含め全体に赤い個体を見る。
 
 もともと赤の地に黒を流し込んで作った、濃縮ブドウのような体色をしたアカアシクワガタ。
 こうした赤い個体も 「 赤くなった 」 のではなく、黒の釉が少ないために 「 赤い地のまま 」 というのが実態に近いように思う。
 
 
 
 
 
 
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 私が高い場所を見上げてばかりいる時に、同行の人 (素人) が下草から見付けてくれた。
 変わった所にいるものも、先入観の無い人の目にはとまりやすい。
 
 他の個体が樹上で吸汁していたのに対し、この個体は下草に執着。
 実際に草の汁を吸う所までは見られなかったが、北海道で聞くイタドリ喰いなど、地元でも注意すれば観察出来るかもしれないと思う。
  
 サイズが伸びない時でも、こうした美しい色の個体を探せるのはアカアシクワガタの楽しさ。
 
 
 また、体格でもヒメオオに劣るように思われがちだが、アカアシにも稀に大きなものが出る。
 
 
 
 
 
 
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 左は 一昨年採集した個体 で、宮城県産としては大きな55mm。
 右は 2008年に採集したヒメオオ で、25mmを割る小型。
  
 ヒメオオは小さくとも広い体幅と太短い大アゴ というトレードマークを標準装備している。
 対してアカアシは、その土地の限界ギリギリというサイズまで育たないと、スラリと伸びて複雑に分岐する大歯が完成しない。
 それだけに、稀に現れる特大のアカアシクワガタを見ると、その種本来の魅力 が 別種じみた風格 として作用し、奇妙な感動を覚える。
 
 
 永遠の二番手 という印象を払拭する秋嶺の貴公子を、何年かに一度で良いから拝みたい。
 長大な曲刀を手に取れば、これこそ気分は成仏必至だ。
 
 
 
 
                                                 2008~2012年  宮城県