RUN OVER THE WINTER

 
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 前回はキタカブリの山を当てて、これで今期のカタがついたと言った舌の根も渇かないうちに、また山に行って来た。
 もう四月で越冬昆虫を構うには遅く、野人が春期発情で暴走したかと言われても仕方ないが、今期のキタカブリに対しては若干の思い残しがあったのである。
 
 折に触れて書いてきたように、ここまで山に行くごと何が祟ってか六週間連続で豪雪・大雨。
 体が濡れても虫は採れるが、カメラが濡れては虫を撮れず。
 
 採集が豊果続きだった割に、そのキタカブリが枯材中の越冬窩から覗いたような現場の写真はほとんど撮れておらず、つまりこれが思い残した所。
 
 4月に入ったがキタカブリはまだ材から出ていない時期。
 そこに来て週末は久し振りに朝から晴れた。
 
 
 
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 それではどうして出来かけの標本写真なのか、と当然お思いの事だろう。
 そう、お察しの通り、また降ったのである。
 
 日差しを喜びながら現地に着いたものの、虫が見付かり始めるのとほぼ同時に空が暗くなって、
 「 おや、これは… 」 と訝る間も無く、たちまち猛吹雪に。
 
 例によって御同行頂いた藤次郎さんも、降らずに真横に吹き付ける雪に堪らず、狼狽からかピッケルを車に置いて来てしまう。
 新しく目を着けた水周りで、私が寒さに震えながらどうにかここの一頭目となるオスを割り出したところに、藤次郎さんがピッケルを持って戻って来たが、吹雪の冷たさは人の判断力を根こそぎにすると言う事なのか、今度は虫を入れる毒ビンを置いて来たと言うので笑う。
 
 まあ、ちょっと試しにと入った場所でどれほど採れるか知れず、様子を見るだけなら毒ビンが無くとも構わないだろう。
 などと言いながら二手に別れ、しばらくして合流すると、藤次郎さんは採れてしまった三頭のキタカブリを容器無しで手掴みにし、顔に酸性の分泌液をかけられていたのでまた笑う。
 
 上の画像の四頭がこの時に採れたもので、謂わば 「爆笑手掴みカブリ」 である。
 微妙な差ではあるが、前回見たものよりも、鞘翅の色は黄色味が強いようだ。
 若干北寄りで、より岩手に近付いたポイントだからかもしれない。
 
 
 
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 前回見た辺りで、山の反対側から別の場所に入って見ると、やはりキタカブリが出てくる。
 特に美しく大きなオスが多く出てくれた。
 鞘翅の色は緑寄りと青寄りに分かれる。
 
 
 また、右端の特に大きなオスは、別の場所で出たもの。
 吹雪の中を車で移動中、藤次郎さんがどうも気になる山があると言うので入ってみると、立枯れから一頭だけキタカブリが出た。
 
 「メスが出ましたよ」
 と藤次郎さんを呼んだ直後に、
 「あ、オスだった!」
 と言い直したくらい大きかった。
 
 先の記事で オスは30~40mm程度 と書いたが、これは42mm弱あって下手なメスよりも大きく、今期採れたオスのうち最大個体。
 大きくなると色がくすんだりするが、この個体は発色も良い。
 ここでメスが出たらどれだけ大きいのだろうと思ったが、後は続かなかった。
 
 
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 前述した通り、前回のポイントの反対側で出たメスはどれも大きかったが、左から三頭目の個体は別格。
 藤次郎さんが毒ビンに入れてきたのを遠目に見た段階で、もう既に大きいのが判った。
 
 まだ軟らかいままだが、恐らく乾燥して47mmという所だろう。
 今期見たメスのうち最大だと思われる。
 体表が磨耗して色艶を失った部分が見え、一年以上生きた事が窺える。
 
 
 
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 雪が降り出す直前、少しだけ写真が撮れた。
 この場所で出た一頭目のオス。
 頭胸部の光沢が特に強い個体で、真っ赤な照り返しが印象的だった。
 
 この日見たどの場所でも、一頭目だけを私が出し、その後はずっと藤次郎さんがポンポンと割り出すというパターンが多かった。
 私が一頭目をしつこく撮り過ぎているだけ という気もするが、何より藤次郎さんの勘が冴えている。
 
 
 
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 ろくに写真も撮らないうちに採集が終わってしまう と思ってだろう、藤次郎さんが越冬カブリの見本のような立枯れを割った所に呼んでくれた。
 越冬窩を開いた時にはもっと入っていたのだが、さすがに四月だけあって日が当たった手前の個体から順に動き出して穴から出てきてしまう。
 この材の裏側を撮ったのが当記事一枚目の画像で、やはり条件の良い立枯れにはあちこちからマイマイカブリが入るようだ。
 
 青空と吹雪が目まぐるしく入り乱れる天候には泣かされ、結局七週間も連続で降られた事になるが、幾らか写真が撮れ、特大の雌雄が共に最大記録を更新してくれたのは嬉しい。
 
 冬がはみ出した。
 
 
 
                                               2012年 4月7日   宮城県