虫も人も埋もれて

 
 ひささんは私と同じ仙台にお住まいで、甲虫を中心に採集、飼育をなさっている方だ。
 もとより熱心な採集家であるひささんだが、昨11年における彼の採集成果は特に凄まじかった。
 
 その夏の初めから終わりまで、東北中の山という山を総勢味方としたような大成果の報告には驚かされ通しだったし、人格円満な彼があげた豊果を周囲もみな大いに喜んだものであった。
 
 しかし、物事の巡り合わせというものはどこかで良悪のバランスを取ろうとするのだろうか。
 冬になり、藤次郎さんなどとも一緒にマイマイカブリを探しに出掛けるようになると、ひささんの苦戦が始まる。
 
 これはもちろん彼が今期初めてマイマイカブリを探し出したからであって、誰でも最初はそのようなものなのだが、ひささんが崩しているすぐ隣の材から同じく材割初年の藤次郎さんがボロボロとマイマイカブリを引き出したりするのを見ていると、首を傾げずにはいられない。
 
 センス云々の話でもないのではないか。
 当てずっぽうでも居場所を当てる運があれば採れるし、翻って言えばセンスがあっても成果がついてこない事がある という虫探しの性質が、逃げず動かずの越冬マイマイカブリ採集においてはより大きく作用する。
 
 もういっそ、山の神のようなものがひささんのピッケルからマイマイカブリを遠ざけているような気さえしてくる。
 昨夏、灯火の前にクワガタを待つ彼の願いが強烈過ぎたあまり、無意識的に大自然から吉事の前借をしてしまい、その巨額のツケが、今こうした形で巡って来たのではないか。
 などと。
 
 
 最初は冗談としてそんな話もしていたが、彼が割る材、剥がす樹皮、そこから現れるのはことごとく外道、それも毎度毎度クチキムシばかり。
 クチキムシが出るならマイマイカブリだって出て良いはずだが、なぜかオオクチキムシの大越冬集団のような妙な状況に出くわすばかりで、首の長い目当ての虫には当たらない。
 彼の正ハンドルネーム 「ひさ@くわがた」 も 「ひさ@くちきむし」 へと改名を余儀なくされてしまう。
 
 こうなれば意地である。
 先の週末に万難を廃し、藤次郎さんの助力を受け、歴史的な 「ひさ@まいまいかぶり」 誕生の瞬間に立ち会うべく山行を決定した。
 
 当日、起きると雪が降っている。
 大雪が。
 
 
 
 
 
 
 
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       さあ、ロックンロールのはじまりだ。
 
 
 当初は車から出ずに帰ろうともしたのだが、まあ私も異常と言うかバカなので、膝まで埋まる雪山にひささん、藤次郎さんのお二人と踏み出した。
 
 いつもやるように枯材探しからスタートしたが、どうもこの辺りの材の質が気に入らず、そもそも雪に埋まってしまっているものを掘り出しながらでは調べがなかなか進まない。
 頭に肩に降り積もって体温を奪う雪。
 あからさまに負け犬ムードが漂いはじめ、これを打開するため狙いを変える事に。
 
 材が駄目なら崖である。
 材に比べてかかる労力は大きいが、小さな道の脇などに高まった手頃な段差を崩してもマイマイカブリは出てくるのだ。
 
 足を滑らせながら進んだルートを少し引き返し、脇に入った切通しの両側を少しずつ崩しながら歩くと、方角も土質も明らかに誘っている一角が見付かる。
 
 「今日はここが良い!」
 と宣言し (正確には「もうここ以外ない」) 、ひささんと共に採掘を開始。
 
 掘る事30分、やや離れた所からひささんの
 「 アッ!」
 という予兆めいた声が耳に届き、駆け寄りながら私は 「ひさ@まいまいかぶり」 の誕生を確信していた。
 
 
 
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 右端。 クリムゾンレッドの濃さが印象的な個体が、「ひさ@まいまいかぶり」を生んだ一頭目マイマイカブリである。
 これはクリーニング後で、採集時の画像はひささんが追ってまとめる記事に載るだろうからそちらへ。
 並んだ個体も同じ場所のもの。
 
 
 私がひささんの所に駆け寄るのと同時に藤次郎さんも来て、
 「 これは!」
 「 来た!」
 などと三人で単純に叫び、なおも大雪降らす鉛色の空の下に喜びを表明した。
 
 自分が見つけるよりも、ずっと嬉しかった。
 
 
 
 
 
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 こちらは近くから出た別のマイマイカブリ
 穴の奥に覗いているのはクロナガオサムシ
 
 この時は同じ場所から出てきたが、種類によって少しずつ土質の好みが違うようだ。
 
 
 
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 アキタクロナガやクロオサ、アオオサムシなども出てくる。
 条件の良い場所だと、狭いケースにひしめくカブトムシの蛹室のように、オサムシの越冬窩が並んでいる事がある。
 
 グリーンピースのような小さい緑色の虫はコアオハナムグリ
 これも成虫越冬なので、マイマイカブリを探しているとたまに一緒に出て来る事がある。
 
 アオオサムシは一箇所でもずいぶん色味の差があって、赤の濃い個体は藤次郎さんが掘り出したもの。
 仙台周辺で、ポイントごとに赤緑の出現頻度に差があるのか調べてみたいとも思う。
 
 
 
 夕方を待たずに採集を切り上げたが、湿った雪で全身濡れねずみになり、乾けば乾いたで雪が黄砂を含んでいたものだから、カバンも上着も汚れを落とすのに苦労させられた。
 
 それでもこの日はやたらと嬉しかった。
 
 互いの成果を喜び合える人たちがいてくれて良かった
 と こう書くと珍しくもない事のようにも聞こえそうだが、人の性格にも様々ある事を思うと、そのありがたさは重大だと思う。
 良い人たちの良い趣味に栄光あれ。
 
 
 
                                                     2012年  宮城県